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05 15
2010

過去の海外諸活動

マラウイでの活動

マラウイで2006年11月から2007年4月までの半年間、NGOで活動していた。NGOの名前はDevelopment Aid from People to Peopleというデンマーク発祥の海外NGOであった。このNGOはマラウイでは他にもChild AidやHIV/AIDS関連の活動を行っていたが、自分はFarmers Club(FC)という村落開発のプロジェクトに所属していた。

FCのプロジェクトサイトは全部でマラウイに4つあり、自分がいたのはZombaというマラウイの旧首都周辺であった。各エリアには1人のプロジェクトリーダーと6人の農業普及員(EW)、1人のアドミニストレーションがいた。自分はそこにDevelopment Instructor(DI)という仰々しい肩書きを背負って活動していた。

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私が現地に着いた時はプロジェクトも始まったばかりで、全てが手さぐり状態であった。活動計画は一応あったが、プロジェクトリーダーの会議でその都度変更するという状態であった。

プロジェクトに参加した当初、自分に与えられた仕事など何もなかった。着いたばかりなのでマラウイのこと何も知らなかった。プロジェクトも開始したばかりでボランティアも受け入れたことがないので、DIの使い勝手もわからない。自分は完全に手持ち無沙汰であった。現地に行けば何かあると考えていた自分の考えがどんなに甘かったか実感し、また自分の存在意義について悩んだ。

JOCVの不満でしばしば聞くのが、「要望書に書いている仕事をする気で現地に行ったら、実際は全然違ったものであった」や「自分には何の仕事も与えられなかった」という声だ。しかし良く考えれば当然であった。そもそも本当に来るかどうかもわからないボランティア、もし来てもどのような人物がくるかもわからない状態で、仕事をわざわざ用意しているお人よしは少ないと思う。

自分自身で自分のやる事、仕事を探さなければならないのは当然であった。私自身はとりあえずEWやプロジェクトリーダーに最初くっついて、彼らの仕事で自分が手伝えることはないかと探した。そうこうしているともっとこうしたらいいのではないかという点が見つかってくる。例えば農家の名簿を作ったが、EWはその名簿をちゃんとデータとして整理しない。こうした時は自分の出番であった。

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やる事がないなら見つければいい。最初は小さいことでも、どんどん提案していけばよい。そうすることで現地の人々と信頼関係が出来てくると思う。自分が一番活動で面白かったのが、普及員とどのようにワークショップを行うのかということを考えた時であった。彼らの開くワークショップを見ていたら、もっとこうしたらいいのにという点が見えてきた。時には激しく議論もしたが、自分の意見を示すことで向こうも意見を求めてきてくれるようになった。

フィジーに行っても要望書に書いてある仕事はほとんど期待していない。自分に何ができるのか、何をするべきかについては現地で考えていきたい。ただし今度はマラウイでの反省も生かしてしっかりと下準備をしたい。
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プロフィール

Teppei

Author:Teppei
2003年-2006年 都留文科大学で国際協力とスピードスケートに出会う
2006年4月 イギリスのCollege for International Cooperation and Developmentに半年間所属
2006年11月 マラウイのDevelopment AID from People to Peopleに半年間所属。農村を走り回る。
2007年 大学に戻る。
2008年 名古屋大のGSIDで農村開発を専攻
2010年 JOCVでフィジーの村落開発に関わる予定

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