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05 14
2010

雑記

英語

自分は英語の勉強が大嫌いであった。中学・高校と受験のための勉強で、テストの点もいい方ではなかった。
大学でも勉強したが出来は散々であった。そんな人間が21歳のときにいきなりイギリスに行ってやっていけるのかどうかといえば、大変であった。ちなみにこの時が初の一人での海外であった。

まずイギリスのヒースローに到着してノートパソコンとデジタルカメラが盗まれるという災難に出くわした。幸い保険をかけていたが、警察の証明書が必要であると言われ、空港の警察官に事情を説明しなければならなくなった。しかし英語が全くしゃべれないために説明できない。二人の警察官には笑われ、イギリス生活は最悪の状況からスタートした。

その後、目的地のHullに行くためにキングスクロス駅から列車に乗らなければならなかったが、空港からどうやって駅に行けばいいのかわからない。人に聞いても英語で返ってきて、理解できない。そのため空港を2時間くらいうろうろと歩き回った。その後やっとバスに乗ったが、着いた駅はキングストン駅。この時はかなりテンパっていました。

ただ言葉がわからなくてもわからないことがあったら勇気を出だして聞くのがいい。駅員に聞くと言っていることは分からないが、親切にHUllまでの行き方を紙に書いてくれた。この後も混乱しながらもなんとか目的地のCICDに到着した。

ただ英語を話せない自分はCICDでも当初、他の外国人と話すのには大きな抵抗があった。何よりも聞き取れない。何を言っているかわからない。そんな状況であった。

では自分の英語力が上達したのは何だったのか。それはおそらくFundraising(路上での雑誌売り)であっただろう。半年間、半強制的にネイティブと話(時には討論)をしたおかげで、英語は上達した(といってもめちゃくちゃしゃべれるわけでもない)。道を聞いても聞き取れるようになった時は感動した。

また英語力はなくても、自分のボキャブラリーを総動員して自分の意見を言えるようになった気がする。これは自分にとって大きな進歩であった。

今でも英語を勉強するのは嫌いである。しかし日本で困っている外国人を見つけるとつい声をかけたくなってしまう。英語をしゃべれるようになったというよりは、おそらく外国人とコミュニケーションをとれるようになったんだと思う。

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プロフィール

Teppei

Author:Teppei
2003年-2006年 都留文科大学で国際協力とスピードスケートに出会う
2006年4月 イギリスのCollege for International Cooperation and Developmentに半年間所属
2006年11月 マラウイのDevelopment AID from People to Peopleに半年間所属。農村を走り回る。
2007年 大学に戻る。
2008年 名古屋大のGSIDで農村開発を専攻
2010年 JOCVでフィジーの村落開発に関わる予定

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