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10 05
2010

フィジー 生活日記

フィジーでの生活①

10月1日(金)
 この日はオリエンテーションが11時からだったので歩いてオフィスまで行った。道はドミトリーを出る前に事前に確認していたが、遠回りをしてしまい30分かかってしまった。
 今日1日はフィジーでの安全に関する講義であった。フィジーで元警察であった人を招いてフィジーの犯罪や危険地域について教えてもらった。何度も聞いていたがスバは夕方ぐらいからかなり治安が悪くなるということであった。昼間はスリが多く、人の多く集まるところで狙われることが多いそうだ。しかし夜はかっぱらいや強盗なども発生する。またフィジアンは酒癖が悪いので、酔っぱらったフィジアンに絡まれないように夜、彼らが飲んでいるところにはあまり近づかないようにしろということであった。またスバには貧困地域みたいなものもあり、近づくなというお達しを受けた。ただスバの町から受けた印象は気をつけていれば、まず犯罪には遭遇しないということだ。

10月2日(土)
 朝からスバの中心街に行ってブラシャツ(フィジーの伝統的なアロハシャツみたいなもの)とスル(男性が腰につけるスカート)を買いに行った。観光客を対象にしたローカルマーケットみたいなところでブラシャツをF$20、スルをF$18で買った。そこのおばちゃんには日本人ということで驚かれ、どこかの性質の悪い不良のフィジアンだと思ったと言われた。坊主で髭を生やし、メガネだとそうなのか。
土曜日のスバの町は面白い。路上にマーケットが立ち並び、安い値段でいろんな雑貨などが売られている。スバではおそらく必要なほとんどのものがそろうだろうと思う。店の店主はほとんどがインド系か中国系の人たちである。基本的にフィジーでは価格が表示されており、交渉の余地があまりない。ローカルな野菜のマーケットで値切ったりすると嫌がられるらしい。値段がついていると、ぼったくられた感はないが、交渉できないと少し寂しい気分になってしまう。ストリートには物乞いの人を何人か見かける。ただマラウイに比べると数は少なく、また服装も汚くない。ストリートチルドレンみたいな子どもは見かけない。また物売りにからまれることもない。
昼からは先輩隊員やJICA職員、日本大使館の職員を含めて歓迎パーティーを開いてくれた。すでに自分の派遣先であるラ県の農村部に入って活動している隊員の人もおり、いろんな情報を得ることができた。その方の話によると、自分が行く農村はみんな幸せそうらしい。お金はあまりないみたいだが、みんなのんびりと暮しいる。しかし何かする時に教会を通すと寄付がすぐに集まるらしい。ただ季節労働としてサトウキビプランテーションに出稼ぎに行ってしまってある季節には人が村からいなくなる時もある。聞いているとかなり面白い村だということがわかる。そこで何か問題を解決する必要がないなら、逆になぜ問題がないのかを調べればいい。何かするのは難しいかもしれないが、村に入って調査するのはかなり面白そうだ。
またシニア海外バランティアの人で農業学校で講師をしている方がいる。ただ彼の本職は獣医であり、本当は家畜に関わる仕事をしたかったらしい。彼の話ではフィジーの雑草でクローバーみたいなマメ科の雑草はほとんどないらしい。そのために牛が草を食べても十分に太らないらしい。余裕があればそういった仕事にも関わらいたいらしいが、忙しいらしくて難しいそうだ。
歓迎会ではとんかつやマグロの刺身、餃子などが出ておいしく食べることができた。

10月3日(日)
 日曜日は時間があるのでゾロ・イ・スバ森林公園に行って来た。公園と言ってもどちらかと言えば簡単な(?)ハイキングコースを回るものである。ドミから森林公園まではタクシーで20分くらい、料金はF$15であった。タクシーの運転手のインド人にしっかりとつかまり、帰りのタクシーとしても利用してくれと頼まれた。彼曰く、ヒンドゥー教徒は休みなく働くもので、そのためお金を稼げる。しかしネイティヴ・フィジアンは休日に教会に行くからお金を稼げないということであった。
 森林公園は人気がほとんどなく、一人で公園内を歩くと不安を感じるようなところであった。入口に一応オフィスと呼ばれる小さな小屋が建っているだけで、そこでF$5を支払って園内に入る。20分くらい歩くとやっと森の入口にたどりつく。そこからは小さな小道を歩いて森の中を散策する形となる。小道はいろんなルートがあり、途中で枝分かれしているために、ちゃんとコースを把握していないと迷う可能性もある。途中プールと呼ばれる水遊びする場所がいくつかあるが、あまり綺麗な水ではなかった。ただせっかくなので水に入って楽しみましたとさ。

10月4日(月)
 朝、疾病対策などの講習を受ける。自分が行くラ県は首都から離れており、医療体制が充実しているとは言えないため、健康管理にはかなり気を使わなくてはならない。講習の後、病院を見て回った。最初に訪れたのはスバで一番きれいな私立病院で、院内はすごく清潔に保たれているという印象を受けた。医療機器がどこまでそろっているのかは分からなが、設備ではフィジーで一番らしい。しかし私立のためここで受診してもらえるのは一部の富裕層であるみたいだ。何といっても入院費用だけで一日F$350(1,7500円くらい)はさすがに高い。何か怪我などした場合はここにお世話になるらしい。
 次に公立病院を訪れた。公立病院での診察は基本的に無料なために多くの人が訪れていた。先の私立病院と比べると建物は雲泥の差で、建物が老朽化しており、暗い雰囲気があった。外来には多くの患者さんが待っており、受付らしい看護婦さんが一人ずつ最初に診てどこに回すか決めているようであった。診察してもらうだけで半日くらいかかるらしい。日本の病院と異なっているのは患者に年配の人が多くなく、色んな年代の人がいたことであった。
 その後、フィリピン人のお医者さんが運営している小さなクリニックで腸チフスの予防接種を受けた。ここのお医者さんは10年くらい協力隊のお世話をしているらしく、日本人の扱い方を良く心得ているために、軽度の怪我や病気はここでお世話になれということであった。
 それにしてもフィジーに来て約1週間経ち、そろそろメンバーに最初の疲れが見えてくる頃である。フィジーは、日中は紫外線が強く、結構暑い(とは言っても、現在は乾季なので湿気が思ったよりも少なく過ごしやすい)。しかし夕方~夜にかけてはかなり涼しくなる。夜寝るときに布団など掛けていないと、身体を冷やすこともある。またオフィスではクーラーの調整がきかないために、かなり寒い。そのため身体の体調を崩さないように、気をつけなくてはならない。
 この日は町で中国人が経営している食料品店を見つけて、そこでキムチの素を買った。中国人が入っている町の多くにはこうした中国人の食料品店があり、中国・韓国・日本の食料品が売られていることが多い。日本の食料品だとカレーやハヤシライスのルゥや味噌・醤油・お酢等が売られていた。またインスタントの味噌汁や寿司の素みたいなのもあった。思ったよりも種類は少なく、また日本と比べても2‐3倍くらい高いためにあまり買えないと思うが、ここで日本食を作ろうと思えば作る事はできる。
 夜は買ったキムチの素を使ってさっそく野菜だけのキムチ鍋を作った。近くの八百屋さんで白菜、ネギ、にんにく、大根(かなり細い)などを購入してきて、鍋に放り込んだ。白菜は一個F$3、ネギは小一束F$1と比較的高かった。またニンニクも3房でF$2であった。フィジーでまだどのような野菜が好まれているのかはわからない。これから1年くらいかけて農産物の種類や価格の変動を見ていきたいと思う。
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プロフィール

Teppei

Author:Teppei
2003年-2006年 都留文科大学で国際協力とスピードスケートに出会う
2006年4月 イギリスのCollege for International Cooperation and Developmentに半年間所属
2006年11月 マラウイのDevelopment AID from People to Peopleに半年間所属。農村を走り回る。
2007年 大学に戻る。
2008年 名古屋大のGSIDで農村開発を専攻
2010年 JOCVでフィジーの村落開発に関わる予定

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