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09 27
2010

日本の地域

捕鯨の町 太地町

フィジーに行く前に和歌山県の太地町に行ってきた。
太地は日本の捕鯨発祥の地として有名な町である。しかし近年、欧米NGOから捕鯨やイルカ漁が批判されており、町はピリピリしていた。今回の旅の目的は捕鯨やイルカ漁の背景について知ることであった。

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香川から大阪までバスで3時間、その後大阪から太地までは電車で4時間程度…長旅であった。この日はかなり暑く、炎天下の中汗をダラダラと流しながら駅から町まで歩いていった。

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まず役場を訪ねて何か資料はないかと聞いてみた。そしたら役場の人が町史を見せてくれた。時間がなかったのであまり読み込めなかったが、太地町と捕鯨の関係性を知る事ができた。なんといっても興味を持ったのは捕鯨に関する相互扶助である。太地では大きな網元が台頭せず、そのため貧富の差も少なかった。追い込み漁で得た収入は村の財源に回された後、再分配されるというシステムであった。また捕鯨は400人以上の人間が関わっており、太地では最大の雇用創出の機会であった。捕鯨従事者には給料として玄米が一日一升支給されており、それは捕鯨で負傷した家族にも支給されていたので福祉面でもしっかりとしていたと言える。

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日本人は鯨は肉を食べるだけでなく、鯨の油や皮から多くの製品が作られている。アメリカなどの捕鯨の目的は工業製品の原料としてであり、肉は基本的には捨てられていたらしい。そうしてみると日本人は鯨を最大限に利用していたと言える。

鯨の肉を食べたら大変おいしかった。これまで自分が鯨の肉を食べたのは小学生の頃が最後であり、あまり美味しいものではないというイメージがあった。しかし食べた鯨肉は思っていたよりも美味しくて、人々がなぜ鯨を食べるのかが理解できた。またイルカもお造りなどにして食べると美味しいらしい。太地のイルカ漁は海外のメディアから批判を受けているが、批判されているバンドウイルカの捕獲は食用ではなく水族館の観賞用である。この漁は9月に行われ、捕獲されたイルカは全国の水族館に貸し出される。時には海外の水族館に輸出される場合もあるらしい。食用イルカはスジイルカという種類で、この漁は10月に行われている。イルカ漁で捕獲できる漁は2000匹までであり、ちゃんと制限が設けられている。

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一般的に鯨やイルカは「かわいい」哺乳類というイメージが先行しているように思う。しかし時に彼らは人間が漁や養殖などの経済活動を行う場合に害獣になる場合もある。動物愛護や環境保護の視点は必要だと思う。しかしただ頭数が何匹だとかそういうマクロの視点で見るだけでなく、その現場で生きる人々の現実も見てほしい。ある種類の鯨やイルカは絶滅危機に確かに瀕しているかもしれない。しかし日本のこうした農山漁村もまた崩壊の危機に瀕しているのである。太地にとって捕鯨は町の大きなアイデンティティでもある。よく環境団体が進めるホエールウォッチングなどは近年ではいろんな所で見ることができる。太地が生き残るためには昔からの伝統を有効に活用できるかどうかである。現地の人々も捕鯨やイルカ漁の問題などは理解している。しかし簡単には譲れない理由があるのだ。それを理解せずにただ批判するのはお門違いのように感じる。

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太地は自分に人間の生業と環境との関わりの難しさを考えさせてく

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09 16
2010

日本の地域

小豆島

小豆島中山地区の千枚田を見たくて小豆島に行ってきました。

池田港から歩いて1時間ほど…中山地区に到着しました。そしたら観光客がいました。しかし彼らのお目当ては千枚田ではなく瀬戸内芸術祭の芸術作品でした。中山地区でもいくつかの作品が展示してありました。

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自分はとりあえずそれは無視して山に登って千枚田を眺めておりました。残念ながら稲の収穫が2週間前に終わっておりましたが。ただ休耕田もちらほらと。また田植え時期が田んぼによって違っているためにまだ収穫出来ていない田んぼも。こうしてみると自然を観光に活用する難しさを実感します。

観光客に本当に見せようと思うと田植え時期などを揃える必要があるし、雑草処理なども必要だ。そもそも稲から利益が出ないと継続できない。減反政策が続き、農業では利益がほとんどない現状ではこの千枚田を守っていくのもなかなか難しいと実感した。

千枚田の下では芸術作品を見にきた人々が。ここら辺の作品の方が直島のモノよりも地域に溶け込んでいたように思います。ただここの住民の人はおそらくこの芸術祭についていけていないんではないだろうか。むしろ路上にたくさんの人や車で、迷惑しているんではないかととも思う。

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芸術祭よりも面白いと思われる笠が滝寺に行ってきたが、残念ながらすでに閉っており入れない状態。ここは鎖を使って本堂まで登ると言うかなりおもしろい寺院だっただけに残念です。せっかくひーこらせっせっと上ったのだが。

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08 08
2010

日本の地域

駒ケ根の農家さん

今日は朝、山登りに行く予定であったがロープーウェイの故障で行くことができず。

部屋で寝ていたら電話がなる。

相手は農家さん。前にお手伝いさせてくれないかと頼んだ方であった。

一日やることがないのでいそいそと農作業に行って来た。

っと言っても大したことは一つもしていない。ただ草を刈ったり、キュウリの種を播いただけ。
しかし良い勉強をさせてもらった。特にキュウリの幡種では種をまいた後に、細かくきざんだ藁を上からのせたり、干した雑草を周りに敷き詰め、雑草よけなどを工夫をしていた。

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また近くのことについても少し話を聞いた。
畑には魚の養殖用の小さな池をよく見かけたが、ここいらでは鯉やフナを育てているらしい。9月後半の秋祭りに向けて育てており、鯉やフナは煮つけなどにして食べるらしい。ただここいらでは水がきれいで冷たいために鯉を育てるにはあまり適していないらしい。そのためこうした養殖はもっと下の方の人から始まったのではないかと推測している。
スイカの皮を鯉が食べることを初めて知った。

またここら辺では水稲を段々畑で作っている。減反政策が始まるまでは米でなんでも交換できていたらしい。交換は物々交換が基本であった。減反政策後は休耕田をつくらざるをえなくなった。

それにしてもいっぱい食べさせてもらった。満足であった。子どもたちとも一日中遊んでとても楽しかった。ぜひ時間をさがしてまた行きたい。

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05 31
2010

日本の地域

口蹄菌警報

先週からフィールドワークを行っている鹿児島県鹿屋市高隈地区ではピリピリしている。
原因は口蹄菌である。

今のところ鹿児島での発生事例は聞かされていないが、宮崎県との県境に近い高隈地区にいつ入ってきてもおかしくない。自分も最近まであまり気にもとめていなかったが、よくよく考えると恐ろしい病気(正確には病気自体よりもその対応が)である。

もし高隈地区から口蹄菌に感染している牛豚が見つかった場合、高隈地区の牛豚は全て殺処分されてしまう。まずこれだけで高隈の畜産業は壊滅してしまう。次に殺処分された牛豚は農地に埋まられるが、埋められた畑は3年使えなくなる。これで農業も大ダメージを受ける。もし山に埋めたら、きれいで有名な高隈の水が汚染されてしまうリスクがある。今の対策では高隈で口蹄菌が発生した場合大変なことになる。

そのため畜産農家さんは神経質にならざるおえなく、よそ者の自分は畜産農家さんに近づけない。今回のフィールドワークは大きく行動制限されている。

自分が現在通っている木酢プラントの木酢が口蹄菌拡大防止予防に効果を上げればいいのだが。
05 24
2010

日本の地域

技術補完研修その4~NPO法人くすの木自然館~

5月20日にNPO法人くすの木自然館に行ってきました。

くすの木自然館は重富干潟の環境保全に取り組んでいるNPOであるが、地域づくりに関して多くのヒントを得ることができた。例えばまず子どもたちを巻き込んだことによって、地域の人々や自治体も重い腰を上げざる状態になったこと。またただ干潟を守りたいというのではなく、本当に干潟を残すことは地域にとって良いことなのかを人々と話合った結果、地域の人々が干潟の重要性に気付き、保全運動ができたこと。すなわち地域の人々がどんな場所をそこに望んでいるのかをしっかりと理解したうえで、干潟を保全しようとしたのだ。そして地域の人々にその場所を好きになってもらうことが大切である。

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その他にこのNPOが上手いと思ったのは、自身の団体も含めて関係するステイクホルダーの長所と短所を把握し、それぞれのステイクホルダーが出来ないことを認めたうえで、出来るところにお願いしていったことだ。このようにして町内会や自治体、企業、子どもたちを巻き込んでいった。

主役になるべきはその地に住んでいる人々であるべきで、良い未来像を描くことができれば人々の行動様式も変容していくということだった。

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プロフィール

Teppei

Author:Teppei
2003年-2006年 都留文科大学で国際協力とスピードスケートに出会う
2006年4月 イギリスのCollege for International Cooperation and Developmentに半年間所属
2006年11月 マラウイのDevelopment AID from People to Peopleに半年間所属。農村を走り回る。
2007年 大学に戻る。
2008年 名古屋大のGSIDで農村開発を専攻
2010年 JOCVでフィジーの村落開発に関わる予定

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